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若葉の想い 〜宗教って何?(その1)〜

加筆・修正の時間が無いので、
「カトリック系教会の洗礼では、お金は必要ない(らしい)」
という事を記載しておきます。

上記の記載、事実か否か。調べる事も出来ませんし、調べるつもりもありません。
毎度お馴染みの「若葉の独断と偏見の主張」と思って下されば幸いです。
(2002/04/21:若葉)

「宗教」
いきなり難しすぎるテーマを選んでしまいました。
だから、今回は(初級編)という事にして、私の思っている概要だけを話します。
私の詳しい思想については、後日お話したいと思います。

私は、小学校低学年から大学生の間まで、ボーイスカウト活動を続けて来ました。
ボーイスカウト活動には、宗教の思想が伴います。
私の所属していたボーイスカウト団体は、石川県でも有数の規模を誇る「某カトリック系教会」に本部がありました。
教会に所属していた訳ではありませんが、教会の敷地内でボーイスカウト活動していましたので、必然的にキリスト教の教えが私に染み付いていきました。
ですので、私がここで取り上げる「宗教」とは、キリスト教。それもカトリックに限定させて話を進めさせてもらいます。

#他の宗教の事を話出すと、キリがないので・・・。

私は、小学校低学年の時期に、気がつけば。という表現が適当なのか、少なくとも自分の意思で「行きたい」とは言った訳でも無いのに、ボーイスカウトに所属して10年以上活動してきました。

毎週日曜、ボーイスカウト活動があったのですが、活動を行う前に、朝の8時半から約1時間程のミサを受けるのが当たり前でした。

小学校低学年で、自分の宗教なんて決められるはずが無いですよね?そんな知識がある訳がないんですから。
小学校の頃は、子供向けの聖書を朗読して、聖歌を歌い、神父様の講和を訳も分からず聞いてました。
それが毎週のようにあるわけですから、教会に対しては何の疑いもありませんでした。
洗礼を受けてないだけで、表面的には立派なクリスチャンだったと思います。
少なくとも、小学校の頃は・・・。

私が、キリスト教について疑問を抱き始めたのは、中学校の頃でした。

中学校の頃になると、それなりの知識がありますので、大人向けの聖書も、何とか意味を理解しながら読めるようになっていました。
神父様の講和では、大人用の聖書から、キリストの弟子達が書いた一節を引用して、神父様が説明してくれます。だから、神父様の講和も、なんとなく理解できるようになっていました。

そこで、ふと疑問に思ったのです。
「神様って、何故にこれほどまでに高圧的なんだ?」
と。

日本には、神道も仏教もあります。それぞれの宗教には、神様(仏様)が存在します。
神社だけでも「学問の神様」、「縁結びの神様」、「商売繁盛の神様」と、名前を出せばキリが無いほど、神様が多数存在します。まさに「八百万の神」です。

私は真剣に読んだわけではありませんが、一応「旧約聖書」、「新約聖書」には、一通り目を通しました。軽くですがね。
私の見落としがあったかもしれませんが、キリスト教というのは「主神(キリストの父)以外の神は存在しない」。という考えのようです。
違ってたらすみません。私の知識不足です。

キリスト教の教えの概要は、「神を信じ、神に繋がっていれば大丈夫です。そうでない人は腐ってしまうであろう」というパターンが多かったです。
そして、その神というのは、キリストの父以外に存在しないのですよね。
世界には多くの宗教があって、それぞれに神様がいるのに・・・。

キリスト教では、他の神様(他宗教)を信仰しても救われない。

「僕が地獄に行ったら、蜘蛛の糸で天国に行けるかな?」神父様に聞いたことがあります。
「地獄に一度行ったら、絶対に天国には行けないよ。蜘蛛の糸なんて無いんだよ」これが神父様の回答でした。
神父様は「だからこそ、生きているときに神様を信じ、神様に近づくんだよ」と続けました。
神父様には聞けませんでしたが「じゃあ、他の神様??を信じている人はどうなるの?」と思いました。
少しキリスト教が怖くなりました。

海外のニュース、映画等を見ていると、殺人犯が人を殺した後に、教会の懺悔室に赴き「私は人を殺めました。神様お許しください」と祈りを乞い、神父様に許された後に、再び殺人を犯すシーンを何度か見ました。
「こんな人でも、キリストを信じていれば救われるのに、何故、他の神様を信じると救われないんだろう?」本当に疑問に感じました。

世界史で有名な「十字軍」
この人たちは、キリストと言う絶対神を信じ、異教徒を次々と殺害していきました。
そして、それらの行為を恥じるどころか「聖なる戦い」として勝ち誇り、自分達こそが正義の使者である。という信念の元に活動していたらしいです。
神の名の元には、何をしても良いのでしょうか?人殺しも容認されるのでしょうか?
それどころか、正義の行為を行ったと、褒め称えられても良いのでしょうか?
キリスト教、怖いです。

さらに、私のキリスト不信を増大させる原因が、教会には存在しました。
「金沢カトリック教会」は、本当に立派な建物です。でも、立派過ぎるのです。
神父様の立派な衣装、立派な装飾、立派なステンドグラス、立派なパイプオルガン・・・。
どこから、こんなにお金が湧いてくるのだろう。と不思議でした。

両親は
そして、神に近づく方法に「洗礼」という物が存在するわけですが、この洗礼を受ける為には、多額のお金が必要であることを知りました。
自分の財産を投げ打って、神様に信仰を示す。素晴らしい考えです。

そして、ボーイスカウト活動を続けていくと、高年齢になればなる程、人数が減っていったのですが、残った連中が、はっきり言って「ろくでなし」ばかりでした。
一言で言えば「不良」。親がそれなりの資産家や権力者の人が多かったのですが、子供は私の一番大嫌いな人たちばかりでした。
新入隊員記念キャンプをやる。と言われて、キャンプ用品片手に行ってみたら、そこには徹夜麻雀大会が待っていました。こんなのは序の口です。

「酒」「タバコ」「賭博」「喧嘩」「盗み」。これらを高校生という身分で、何の疑問も無く実行する連中が、私のボーイスカウトの先輩だったり同期だったりしました。
そして、隊長は、それらの人を微笑ましい目で見る事はあっても、注意することは、私の知っている限りではありませんでした。
そのような人たちが、「私はカトリックスカウト(カトリックを信じるボーイスカウト)である」と言っているのです。
私には耐えられませんでした。

私は中学校の頃までは、ボーイスカウトを精力的に活動しました。
ボーイスカウトには階級が存在するのですが中学生で取得可能な最高階級も取得しました。表彰もされています。
リーダーとしては指導力に欠けると思ってましたが、立派なボーイスカウトだったと思っています。
でも、高校生の頃になると、上に書いたような連中が威張っているボーイスカウト活動や、教会に対して、相当の嫌悪感を持っていました。

だから私は、高校生の頃は、活動らしい活動は、何一つやっていません。
なら、ボーイスカウト活動を辞めれば良かったのですが、籍だけが置いてある状態が大学生になるまで続きました。

大学生の頃になると、「ろくでなし」達は籍を置いてあるだけで、活動はしていなかった為、ボーイスカウト活動には、一応復帰しました。
指導員として、子供達に自分の持っている知識や経験を教えたかったのです。

しかし、指導員としての正式な資格を取得する為に、洗礼とは言わないが、キリスト教のセミナーに参加する必要があると知り、やる気を一気に失いました。
ボーイスカウト活動するより、アルバイトをして、お金を稼ぐことが楽しかったせいもありますがね。

教会に対する不信感は、増大する一方でした。

キリスト教が生まれたとき、どれだけの迫害を受けたか。
日本にキリスト教が伝達し、普及するまでに、どれだけの苦労と血が流れたか。
それは、分かっていました。分かっているつもりでした。
他者に対して優しく接し、純粋な気持ちで、ミサを受け、キリスト教を信仰する人も大勢いる事は、もちろん知っていました。

でも、大学生の私は「宗教とは、心の弱い人間がやるものだ」と決め付けていました。
自分に自信があれば、神にすがる必要などないではないか。
神の教えではなく、自分の確立した信念に基づき、正しいと思う道を歩めばそれで良いではないか。
こう思考回路が確定してしまったのですよね。

私の結婚式は、結婚式場のニセモノ教会で挙げているのですが、私は教会式の結婚式には抵抗がありました。
キリスト教を信じるどころか、嫌悪感を抱いている人間が、神の前で永遠の愛を誓う・・・。
はっきり言って嫌でした。

今の私は、無宗教です。
今でも、子供レベルだったら聖書も暗唱できますし、聖歌も歌詞を見なくても歌えます。
ニセモノクリスチャンになら、いつだってなれると思います。
他の宗教も、ある程度は本で勉強しました。主だった宗教なら、教えや、活動方針(?)が理解できているつもりです。

だからこそ思うのです、「宗教って、一体何?」と・・・。

私の宗教観については、後日、改めて書きたいと思います。
皆さんのご意見、どんどん寄せてください。是非、参考にしたいので。

最後に、ボーイスカウトの誓いの1番最初に出てくる言葉を書いて、今回は終わりにしたいと思います。皆さんは、これを見て、どう思います?

「1.神(仏)と国とに誠を誓い、おきてを守ります」

ここまで読んでくださって有難うございました。

(2001/10/12)

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